間と食卓と調子~リフレクソロジー雑司が谷十音

日々のあいま、リフレクソロジーで聴く、心とからだの調子。リフレクソロジスト山﨑絢子のブログ。

2022 立夏 竹笋生

DIセラピューティック・リフレクソロジーは「東洋医学リフレクソロジー」とか「東洋医学理論と西洋リフレクソロジーの融合」とか言われたりするのですが、

臨床的には、垂直に近い角度で立てた指第1関節から先を差し込むポイントで足全体を埋める、淡々と。

確かに、オイルで横に流したりウォーキングサムで行う手技より、ツボ療法に近いと言えるが、

やはり「東洋医学的」なのは、在学中に一番訓練された経絡理論と五行論、四診と見立てによるのだと思います。

本当に「身につける」のは大変なことなのに、いざ仕事としてやっていくと、まずは「触れる」という快の刺激を求めるクライアントに対し手技でセッションして時間が終わってしまうことが殆どで、コンサルテーションシートを隅々まで埋めて弁証するということをほとんどできなかったりする。

 

加えて、クライアントが生活への「アドヴァイス」といったものを必要としていないことも多く、そこに介入する関係を築くのにはちょっと時間がいったりする。

 

それでも、足の質感といったものからその方の体質が見立てられ、質問をしたり、養生法を一緒に探ったりという作業には無上の喜びがあって、その接点がセラピューティック・リフレクソロジーがそれである所以なので、できれば2時間の制限時間の中で、ある程度そこまでの信頼関係を築きたいなとは思う。

 

その外科的な側面と内科的な側面の合間へのヒントを模索し続けていて、精油や植物や医薬品や漢方やと道を分け入って、このウィルスとの付き合いの間にはほとんど羅針盤を失った状態にもなったけれど、「流し読みしない」勉強をここのところ始めていて、いろいろがつながりはじめた。

 

漢方が派生したもともと中国伝統医学には、2大巨頭の書籍があって、

北方で生まれた『黄帝内経』と、

江南で生まれた『傷寒雑病論(傷寒論金匱要略)』

寒冷地で経絡理論や鍼灸といった外科的要素が生まれたのは有機を扱うのに腐敗が少なかったからかもしれないし、

植生が豊かな南方だったからこそ恵まれた生薬研究ができて、病理や生薬論といった内科的要素が発展したのかなどと俯瞰している段階。

それにしても、この2つの巨頭がお互い交流しながら古代医学というか、一大文化を築きあげていったというところに感動しています。

 

そして、寒冷地の外科的要素と、温暖地の内科的要素の間の交流に、

手技とコンサルテーションをつなげて「2人でつくりあげるアート」にしていくヒントがないかと思っているのです。

 

さて、技術評論社の「知りたい!サイエンス」シリーズ 

『薬のルーツ”生薬” 科学的だった薬草の効能』関水康彰 2010年


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生薬がなぜ人間に効くのかというところを、「生理活性物質」を接点にずばりと述べられるのは第5章。

 

生薬を徹底的に化学に置き換える内容で、専門用語のほとんどは「ただ叩き込む」ことに終わったけれど。

 

本日の目玉は「アルカロイド

 

登録販売者試験で「ベラドンナアルカロイド」というのが出て来て、なんだ美女総アルカロイドって変な名前と思って終わっていたアルカロイドさんは、実は、薬を理解するのにこれがなくちゃダメな物質だったのですね。

(ちなみになんで美女かというと、この物質を点眼して目を大きく見せる美顔術が、ヴェネツィアあたりから流行ったからだそうです。だからイタリア語で美女)

 

モルヒネからコカイン、カフェインにいたるまで属している、このアルカロイドさんの分類図を写しながら、叩き込みにさえ興奮を覚えました。十音は毒が好きです。

 

前述のとおり「流し読みしない」というのは、ノートをとりながら読むということで、書くことが苦手(たぶん、線を引くのが苦手なのだと思います、落ち着いていないから)な十音には身体的にとてもきついことなんですけれど、確実に、本が身になります。続けてやっていこうと思っています。

 

1冊身に刻むと、なんだか身体が重たくなったみたいになります。
これを、うまく消化するのが大事。

 

今日は満月の月食だったそうで。

めまいが強くでて酔い止めを飲まなくてはならなくなった人がいたり、身体がふくれるのか塩味のポテトチップスをやけ食いしそうになっている人がいたりと。

解りやすく人間の身体に出ていたように思います。

 

「塩」が、人のこころを安心させ、気を鎮めるという作用についても、そういえば上記の本で納得がいったところです。