間と食卓と調子~リフレクソロジー雑司が谷十音

日々のあいま、リフレクソロジーで聴く、心とからだの調子。リフレクソロジスト山﨑絢子のブログ。

無題。

ものがたりばかり語っていると、語り手としての自分の内部がすかすかになっていくような気がする。

 

知識のインプットよりも、ものがたりのアウトプットのほうがペラペラと過ぎると、
自分の土壌が痩せていくような…←ってこれも比喩でしかない。

 

東洋医学や五行論好きで、
しかも実際人に触れている、何等か影響を与え合うしごとだからこそ、
イメージや比喩を説明に使うにあたって、証拠のある事象との違いは分けられるぐらい冷静でいたい。

 

なんとなくの語感が、人を奮い立たせ元気にすることはありますが、「羊水と海水は同じ成分だから、海水に浸ると子宮の中に帰ったような気持ちに…」みたいのは、すごく五行的でしかも使いやすいちょっと安易なストーリーでしかもパワフルだったりするので要注意と感じます。

 

イメージしやすくハラオチしやすくするために、ものがたりを使うことはあるけれど、それが物理や物質レベルでほんとうにその通りを表しているではないということを、わかっていないといけないなということ。

 

 

ドラッグストアには過多に音が流れていた。
その中に、
環境省のなんとかというエコプロジェクトのパートナーである、
なんとかというアイドルグループが棒読みしている「リユース」応援セリフの中に、
「わたしは使い終わったペットボトルを、花瓶につかっているよ」
「すごい、ちゃんとリユースしてるじゃん」というのがあるんですが、
これ変だわ。もうちょっといい例はないのでしょうか。


いつまでそれ、花瓶につかうのかね。
やっぱりいつか、捨てるのではないのかな。10歩譲って死ぬまで花瓶にし続けたところで、死んだらまとめて捨てられると思うけれど。

 
まずは、不買というところを宣言できないのは、
ドラッグストアもペットボトルの売り上げが大事だからかしら。

 

それはそうと、変なCM多いです!

 

ボタニカルって書いてあったら何でもアロマセラピーっぽく有機で身体に良いとか?
香り1週間長持ち、と書いた右下にちいさーく、「ただし収納時」とか?「臭っている」という域ですね。清潔ってそういうことでしょうか。

 

きれいな女優さんが洋服とメイクと表情だけ変えて写っているその数種類の柔軟剤の香りの違いが私にはわからない。

(かき氷の赤と緑のにおいの違いのほうがまだわかるかも…あれも同じ味だそうだが)

そもそも、柔軟剤は中和剤であって、いつから衣服の香りづけになったのだろう。

 

みんなイメージに惑わされる。
テレビを持たない私でさえ、イメージに支配されて自己を見失うことが多い。

 
本物の努力は、手間暇かかって、値付けしたら高価になる。
だからみな本物の努力を世の中で健全に回す術は考えなくて、量産したものを本物のようにイメージさせて、購入させようと必死になる。

 
実は何も語っていない、何も真実のないスカスカなイメージを組み合わせ、
「ものがたり」を安く安く売り飛ばしていると、
きっと身体のように組織がスカスカになり、
社会も会社も中から壊れていくとわたしは思う。