2022 春分 雀始巣
3月22日(火)
電力が足りない状態という。外は思いがけず雪。
湯たんぽに沸かした湯を入れて足のあいだに挟み、ひざ掛けをする。これはとても安心する保温方法。足が温まれば勇気が出ます。
電力不足で印象深いのはもちろん東日本大震災のあとのコンサート自粛と、そのあとの夏の冷房設定温度。
だから、電力不足になると思い出すのはやっぱり「大衆を相手に自分が無力だったこと」。
同じくウィルスとの付き合いや、戦争のニュースに触れても同じ感じのひんやりとした肌感覚と無力感と、挑むような気持ちの中にストンと戻ってしまうんですけれど、SNSが発達しているということが、この「歴代すうすう感」に変化を与えている。
しかし逆に、SNSがこんなに発達しているにも関わらず、それを利用して意見を表明することが身の危険につながる世界などがまだあるということには、前よりも戸惑ってしまう。
対立についても間についても、原因を解りたいという解剖癖はある。でも今は闇雲にツイッターを追うより自分が何を感じているかをまずちゃんと解っていることも必要かと思います。知らないことっていっぱいあっていい。無知が自分を守るために大事なこともある。
そしてこの突き上げるエネルギーを調整するには、自分の中の専門性を高める時間をもつことに限る。これも、登録販売者として「勉強」するということを再び課したところ得た発見。気持ちがすうすうとして無力感に苛まれそうになった時には、薬効成分に立ち返ったり、施術する自分の身体をメンテナンスに出したり、息を深くしてエネルギーを自分の中心に結晶させる。
これが、暴れる木を剪定するということ。
歳を重ねているのと記録をこうして残しているので、同じ傷つき方は回避することができている。傷つかなくてもよい世界というのはあるはず。あきらめずにそこに行きたいと思っていることは大事だと思う。一歩も踏み出せなくても、必ずそこにたどり着き、後から来る人に旗を振って知らせるのだ。
2年前は内田洋子さんの『デカメロン2020』をネットで読んでいた。
(2021年に書籍がでている)
今日は、日経のSNS取材班のこちらを読んでいた。
「プーチンは侵略者」 ロシアから反戦ツイート 弾圧下の投稿者11人の覚悟: 日本経済新聞
今日はこれから夜シフト。
明日は朝シフト。そのあとは山を吸いに行ってこようと思っています。
5月6日(金)には、展示室showroomで「律」(予定)。
同じ雑司が谷内なのですけれど、違う場所に施術を持って行ってみると、また刺激の質も変わる、ということで、ポツポツと途切れながらも、2018年から続いています。
手技市と違って、施術は十音ソロなんですけれど、場の力もあってソロの気がしないふしぎなイベントです。